『初めての誕生日』 「じゃあさ、気持ちいいのと面倒くさいの、どっちがいい?」 「はぁ〜?」 「あ、特別にちょっとすーすーするのもつけちゃおうかな〜?」 何を言ってるんだ、こいつは? 「あっ、会長!お疲れさまです。見回り終わりましたか?」 「おう。…みんな帰ったのか」 校内の見回りを済ませ生徒会室に戻ると、中には帰り支度をする幸村がひとり。 「はい。僕も今ちょうど終わったところです…また、没収ですか?」 美咲の手には一冊の雑誌。 「ああ。…まったく、こういうのは一度は減ってもすぐまた増える。…何かいい方法はないものかな…?」 美咲はため息をついた。年度末に処分したばかりだというのに、机の横の没収本用の箱は、すでに3分の2が埋まっている。 「そうですねぇ。でも、毎日持ち物検査するわけにもいかないですし…」 「…さすがにそのあたりに放置、っていうのは無くなったから、まあ、以前よりはだいぶマシだがな」 「貸し借りするだけなら別に問題ないですよね。…なんで学校内で見るのかなぁ…」 「まあ、問題ないわけでもないが…最近は女子の方にも過激なのが増えてきて、あんまり男子にばっかり強くも言えなくなってきてるし…」 「…そうなんですか?」 「表紙で判断できない分、女子の方がやっかいだよ。…そろそろまた検討会をやらんといかんな…」 「そういうことなら、また役員みんなでやりますからいつでも言ってください」 「ああ、頼むよ」 「…じゃあ僕、今日はこれで失礼します」 「ああ、…気をつけて帰れよ」 「会長も、あまり遅くまで無理しないで役員で出来ることは言ってくださいね」 「ああ、そうする」 「じゃ、お先に失礼します」 「おう」 …幸村が出て行った後、美咲は会長の机につくと、先ほど没収した雑誌を見てため息をついた。表紙には、大きく足を開いた下着姿の女性がこちらに微笑みかけている…一目でその手のものだとわかるマンガ雑誌。 まったく、男ってやつは…そう思いながらも美咲は煽り文のひとつが気になっていた。取り上げた時にちらと目に留まったそれは、 『ふたりで迎える初めての誕生日  彼へのプレゼントは…?』 もうすぐ碓氷の誕生日だ。去年は自分だけ祝ってもらってプレゼントを貰ってご馳走まで…あいつは私の『一日』を貰ったからなんて言ってるが、そんなの…プレゼントだなんて、いえない。 だから今年は去年の分も、とかなり早くからあれこれと考えているのだが、何をあげたらいいのかわからない。 そもそもあんまり予算がないというのもあるが…なにより、碓氷が“欲しい”と思うものが想像つかない。 殺風景な部屋からも容易にわかるように、碓氷は極端に物欲が少ない。加えて美咲自身もおしゃれやインテリアにはほとんど興味がなく、そういったもののセンスにも自信がない。 女の子同士ならちょっとかわいい感じの文房具や小物で十分だが、碓氷にそんなものをやるのもどうかと思うし…。 「…やっかいだよなぁ、あいつは」 鉄人級の料理を作る碓氷には“ご馳走する”という選択肢もない。そもそも美咲は料理下手だし、外食など何年もしたことが無いため、適当な店も思いつかない。 だいたいが誕生日のケーキすら、その辺の店のものより碓氷が作った方が遥かにうまいのだから。 頭をがしがしとかいてため息をつくと、再び先ほどの煽り文に目がいった。 普通、男っていうのはどんなものが欲しいものなんだ…? キョロキョロとあたりを見回し、美咲はごくりとつばを飲み込んだ。…元より、生徒会室には美咲ひとり。 ドキドキしながらそっと表紙を捲ってみる。 そこには幸村の妹のるりちゃんによく似た感じの目のぱっちりとしたかわいい女の子。…しかし幼い顔に似合わずその胸は顔と同じくらいの大きさがあり、裸の身体に複雑に巻きつけられた赤いリボンと両腕で上手く危ない部分は隠されていて、台詞は…、 『プレゼントは…わ・た・しv』 ガクーッ―…っと美咲は肩を落とした。まったく男ってやつは…。 無意識に手が次のページを捲る。 先ほどの女の子が男子を押し倒すように上に乗っていて、ベルトに手を掛けている。 『いつも私ばっかり気持ちよくしてもらってるから…今日は、私が気持ちよくしてあげるねv』 ―…続く行為に美咲は嫌な汗をだらだらと流しながらも目が離せない。 …これって、つまり、…そういうことだよな。たしかに、いつも、その…。そうか、そうだよな、確かに、いつもしてもらうばかりじゃ悪いよな。…やっぱり、あいつもこんなこと考えて―…。 「会長」 「わあぁたしはただ、没収品のけけけ傾向と対策を―…っ」 美咲は慌てて雑誌を閉じると机の横にある没収品の箱へと放り込んだ。 「なに見てんの―?」 「な…なんでもない!」 「ふ〜ん?」 いつものように机に座りながら碓氷は没収品の箱をチラッと盗み見た。目に入った表紙に何かを察し、小さくフッ…と笑う。 「つつ…机に座るなっ!」 「仕事は終わったの?…今日は、バイトでしょ?」 「ああ、今日は、もう…」 「ふ〜ん。…じゃ、少し早いけど帰る?」 「ああ。あ…いや、あの…碓氷?」 「何?」 「あの…もうじき、お前、誕生日だろ?」 「ああ、そうだね」 「そ、その…な。…実は、何をあげたらいいかわからなくて、困ってるんだ。その、なにか…欲しいものって…ないか?」 「そんなの決まってるじゃん」 「え?」 碓氷はストンと机から降りると、美咲の横にまわった。 「…去年と同じ“美咲の一日”。俺は美咲と一日一緒に過ごせれば、何もいらない」 「ば…バカ言えっ!そんなのプレゼントだなんていえるか…」 「だって、俺別に欲しいものなんてないもん」 …やっぱりそうか…。 「じゃ、じゃあその…して欲しいこと、は…?」 そう言いながら碓氷を見上げる美咲の頬は、赤く染まっている。 「…美咲に傍にいて欲しい」 「だから、そんなのプレゼントじゃないって…!」 「…去年は“一日”だったから今年は“一晩”がいいかな…ね?」 「…お、おう…」 美咲はますます赤くなってうつむいた。 碓氷はそっと美咲の耳元に唇を寄せた。 「ダメだよそんな顔しちゃ…襲いたくなっちゃうでしょ」 「バカッ!もう…耳元で囁くなっ!」 「美咲がそんな色っぽい顔するのが悪い」 「知るかっ!」 「…ふふっ…ホントに我慢できなくなっちゃいそうだから、行こっか?」 「アホッ!…あのな、碓氷」 「ん?」 「もちろん、27日はそのつもりで、その…でも、ちょっとバイト休めなくて、だから遅くなるんだ…。それに次の日学校だし、あんまりゆっくり出来ないだろ?だから…」 「うん」 「…そ、その前の金曜日と土曜日、休みにしてもらったんだ。日曜日はイベントがあるから休めないし、その、“イベントの準備があるから”って、母さんにも言い訳しやすいし、だから…」 碓氷は驚きに目を見張った。思わず顔が赤くなるのがわかる。まさか美咲からそんなこと言い出すなんて…。碓氷は顔を隠すようにうつむいた。 「…俺、二晩と一日も美咲をもらえるの?」 「だから!そんなのプレゼントじゃないって言ってるだろっ!」 「…最高のプレゼントだよ…」 碓氷は美咲を抱き寄せた。 「でも、それなら別に27日は無理しなくても「ダメだ!」美咲…?」 「…あっ…いや、あの…だってもう、母さんに、言っちゃったから今更、困る…」 「…そういうことなら、喜んで」 美咲の剣幕に驚いて少し身体を離した碓氷は、やんわりと微笑んだ。 「…うん」 碓氷の腕の中で真っ赤に頬を染めながら、上目遣いに見上げる美咲。碓氷はその甘い唇にそっと触れるだけのキスをした。 軽く触れて離すと、 「嬉しいよ」 と囁いてもう一度唇を重ねる。優しく、少しずつ深まっていく口づけ。…だがそれは、途中で止められた。 「…続きはまた今度ね。ホントに止まんなくなっちゃいそうだから」 そう言って今度は美咲の額に口づける。 「帰ろ?」 「う、うん」 美咲もカバンを持って立ち上がった。 「う、碓氷?あの…」 「ん?」 「…ホントに、そんなのプレゼントじゃないから。他に何か…その、し、して欲しいこととかあったら…が、頑張るから。だから何か…考えといてくれ」 「…うん。わかった」 「おう」 美咲は碓氷の返事にほっとして笑顔を浮かべ、碓氷は美咲の笑顔に頬を緩ませる。 ふたりは微笑みを交わしながら生徒会室を後にした。 . 「して欲しいことは決まったか?」 金曜日。その問いに返ってきた答えに、美咲は頭の中が“?”でいっぱいになった。 「何を言ってるんだ?お前」 「美咲にして欲しいこと。美咲が選んでいいよ。“気持ちいいこと”と“面倒くさいこと”と“ちょっとすーすーすること”」 「………」 「どれがいい?」 「…内容は当然…」 「選ぶまで秘密v」 にっこりと微笑む碓氷。 …まったくこいつは毎度毎度…まさか自分の誕生日にまでこんなことを言いだすとは…。 「…ちょっと待て。考えるから」 「いいよ」 “気持ちいいこと”と“面倒くさいこと”と“ちょっとすーすーすること”。 “気持ちいいこと”はともかく、誕生日に“面倒くさいこと”されて何が嬉しいんだ?意味がわからん。“ちょっとすーすーすること”??? “気持ちいいこと”…っていうと、たぶん…、あの…そういうこと、だよな。…てことはやっぱり…あ、あの、あの…あれだよ、な…。もしかして、と思って一応考えてはいたんだが、ちょっと〜〜〜。…いや、…は、恥ずかしいけど、でも、一番最初に来てるってことはやっぱり、い、一番して欲しいこと、なんだろうし…。―…っ、…仕方ない。ここはちょっと、覚悟を決めて…。 「美咲?顔赤いよ?どうしたの?」 「はぁ!?…だ…だだだって仕方ないだろ!?そんな…」 「なんか勘違いしてない?…美咲が“気持ちいい”んだからね?」 「はぁ!?それじゃいつもと同じじゃないか!!」 「いつもって…何が?」 「え!?」 目を細めてニヤニヤしている碓氷の顔。 こ、こいつ、わざと…×××!! 「だ、だっておかしいじゃないか!なんでお前の誕生日なのに、私が気持ちいいんだよ!!」 「俺がしたいんだからいいじゃん」 「意味がわからん!!」 「で?“いつも”って…何?」 「うるさいっ!!!」 「…ぷっ…くっ…くくくっ…」 「笑うな!!アホッ!!」 くっ、くっそ〜!人をおちょくりやがって…っ!! 「ん?…じゃ、他のも全部“私が”なのか?」 「そ♪」 「………」 …まあ、私が“面倒くさい”ならわかるな、うん。“ちょっとすーすーする”…? 「私が“すーすー”して、お前がどうなるんだ?」 「ん?楽しいよ?」 …わからん。 「あー、でもなー…」 碓氷は頭を押さえると考え込むようにうつむいた。 「なんだ?」 「“面倒くさいこと”はのけてもいいよ?…俺もちょっとわがまま過ぎるかなー、とか思うし…」 そう言うと、申し訳なさそうな表情で美咲を見る。 「なんだよそれ」 …こいつが“わがまま”だなんて…。 「たぶん、ものすごく面倒くさいと思うから。やっぱ、止めとく。悪いもん」 なんだよ、それ…。 「…わかった。じゃあ、それにする」 「え?」 碓氷は驚いたように顔を上げた。 「“面倒くさいこと”」 「…ホントに?いいの?」 「おう!」 「Final Answer?」 「二言はない!」 「そっかー…」 碓氷はポリポリと頭をかいた。 「言えよ!何でもやってやる!!」 「…ん。…じゃ、手、出して?」 「手?」 「そ。左手」 「ん」 美咲は素直に左手を出し、碓氷はその手を取った。 「うん。…じゃ、目、つぶって?」 「はあ!?何するんだ?」 「…何でもしてくれるんでしょ?」 「ちょ、先にちゃんと言えよ!…こ、心の準備ってものが…」 「…別に、やらしいことじゃないよ。…ちょっと冷やっとするかも」 「ひやっとって…」 「ちょっとだけ冷たいかも」 「なんなんだよ、いったい…」 ぶつぶつ言いながら美咲は目をつぶった。 「つぶったぞ!」 「うん。ちょっとそのままで、ね」 「…!?」 指先から手の甲を冷たい感触がすべり、手首に絡みついた。これは…。 「美咲」 耳元で囁かれる声、そして、頬にそっと触れる柔らかい感触。 「…碓氷…?」 続いてぎゅっと抱きしめられる感覚に、美咲は目を開けた。 「…お前…」 視界を覆うのは見慣れた明るい色の髪。 「…美咲の毎日…24時間を俺にちょうだい」 「…!?」 碓氷はゆっくりと身体を離すと美咲の両手を手に取った。 「…何言って…お前…これ…」 美咲の左手首には鈍いシルバー、というよりはグレーに近い色の腕時計がはめられていた。文字盤も同じグレー系のシンプルなデザイン。…そして、碓氷の手首にも同じデザインの少し大きい男物。 「…今は携帯があるから、あんまりしてる人いないでしょ?腕時計。でも、付けて欲しいんだ、俺とお揃いで。…ほらね、面倒くさいでしょ?…邪魔になるし」 「ちょっ、お前はまた…!なんでお前の誕生日なのに私がもらってんだよ!おかしいだろ!!」 「…だって、俺のして欲しいことなんでもしてくれるんでしょ?」 「そりゃ、そう言ったけど…」 「携帯じゃなくて、教室や生徒会室の時計じゃなくて、いつもこの時計で時間を見て。…そしたら、美咲はそのたびに俺のこと考えるでしょ?」 「あ…」 「俺も、見るたびに美咲のことを考える。今何してるかなーとか、もしかして、今ふたりは同時に…同じ時間、同じように、お揃いの時計を見ているのかも、とか」 「………」 「ちゃんと防水加工してあるからお風呂もつけたまま入れるし、チタンだから丈夫だし、金属アレルギーも出ないよ。…だから一日中、24時間ずーっとつけてて。…いい?」 「碓氷…」 「お願い」 「…お前、最初からこのつもりだったんだろ?それを…ズルイよな…」 「“わがまま過ぎるかも”って言ったでしょ?」 「“わがまま”って…こんな…」 こんな“わがまま”なんて…嬉し過ぎる…。 美咲は時計から目を離すと、碓氷から顔を隠すように横を向いた。 「し…仕方ないな!約束だし…。ちょっと面倒くさいし、邪魔だけど、つけててやるよっ!」 「うん」 「ほ、…他にはないのか?」 「何が?」 「その…私に、して欲しいこと。だって、これじゃやっぱり…」 「そうだねえ…じゃあ、裸エプロンでも「“すーすーする”ってそれかよ!!」ちょーっと違うんだけどなぁ…」 「この変態っ!…そんなのっ!…うっ…いや…」 ちょっと…いや、でも…して欲しいこと、って…。 「…くっ、くっ…冗談だよv」 「なっ!…冗談かよ…ったく…」 「…ふふっ…ね、美咲」 「なんだよっ!」 「…ありがとう」 「お、おう…そういえば、まだ言ってなかったな。ちょっと早いけど…誕生日おめでとう、碓氷」 「…そこは名前じゃないの?」 「…あ、ああ、そうか。…誕生日おめでとう、た、たた、拓海…」 「…うん。…嬉しいな、俺、…誕生日祝ってもらうのって…実は、初めて」 碓氷は、少し恥ずかしそうな、はにかんだ笑みを浮かべた。 「…そうか…」 …やっぱり、なんとなくそうなんじゃないかとは思ってた。だから、ちゃんと祝ってやりたくて…27日は、絶対にひとりで過ごさせたくない、って思って。 「美咲に祝ってもらえるの、すごく嬉しい」 「そ…そうか…」 「…うん。…そういえば誰かのお祝いしたのも、美咲が初めてだ」 「………」 「美咲と出会ってから初めてのことばかりだよ。…楽しいことも、…困ることも」 「…碓氷…」 「ね、来年もこうやって、一緒に過ごしてくれる?」 「おう、…も、もちろんだ…」 「再来年も、その先も、ずっと?」 「お、おう!…その、お前が…イヤじゃなければ…」 「…うん。ありがとう」 「………」 「じゃ、ご飯の準備しよっか?遅くなっちゃうからね」 「―…っ、…すまんな、お前の誕生日なのに、結局…」 「…手伝ってくれるんでしょ?…美咲が出来そうなのもあるから」 「も、もちろん!やるっ!」 「…いつか、美咲の手料理でお祝いしてよね?」 「お、おう!…頑張る…」 「うん」 並んでキッチンへと向かうふたりの腕には同じグレーの文字盤が光る。 揃いの時計が同じ時を刻み始めた、これが最初の誕生日。 2010/04/27. --------------------------------- 「黒ねこのしっぽ」の奈緒美様からいただいちゃいましたよー! 4/27の碓氷さんBIRTHDAYです!! 出だしをSS「Selfcontrol」から影響を…とのことで、頂いちゃいましてうはうはです!! か、書いて良かった・・・! 「気持ちいいこと」でかなりたどたどしくなってる美咲ちゃんにずっきゅん☆ そして心が温まります。 こんな素敵な特別な日のSSを頂けた私は幸せ者です>< 奈緒美様、本当に有難う御座いました!!