tick-tack-toe 「滝島、・・・・・・・・・・あのな・・・・・」 「光?」 「あのな、えっと・・・・・好きだぞ」 朝から光の様子がおかしかったんです。 俺の顔を見てはため息をつき、目が合えば即座に反らす。 擦れ違う思惑と視線と気持ちが徐々に苛立ちに変わったとしても・・・・・誰も責められませんよね? 「光・・・・・何か言いたいことでもあるんですか?」 「な、何でもない」 そんな会話を朝から数度繰り返し、狐につままれた気分でした。 ───過去の経験から光がこういった態度を取る時は何かトラブルを抱えているか、企んでいる証拠ですからね。 今度は何をするつもりなんでしょうか? 素直に問い質したところで逃げるでしょうし、どうしてくれましょうか? あなたに何度も見つめられ、可愛いらしい声で名前を呼ばれる度に落ち着かなくなる心臓。 俺の心臓におかしな動きをさせた責任を取ってもらいたいですからね。 どうアプローチしたものか・・・・・・・ それにしても、頬を赤らめ、伏し目がち、少し吃音気味に繰り返し俺の名前を呼ぶなんて。 ・・・・・・・・あなたは罪作りな女性ですね。 無意識に、この場合は恣意的な思惑も働いているんでしょうが・・・・ あなたに名前を呼ばれるだけで集中力も途切れますし、その後に続く言葉は何なのかと期待半分に待ち構えてしまう俺が愚かしく感じます。 生返事をして悲しい顔をさせたくはないが為に、光の顔を見て返事をするのですが、その度にかわされて、結局は顔もよく見れない。 ──────いい加減にストレスが溜まって来ますよ? 「滝島?」 「はい?」 「い、いやっ、やっぱり何でもないっ。気にすんな」 「・・・・」 プチッ 同じような会話が30回を超えた時に、何かが切れるのを感じました。 自習室の隣の席。 密室で年頃の男女が二人。 しかも一緒にいるのが好きな相手となれば・・・・・ただでさえ我慢と忍耐とが理性を苛むのですが、ここまであからさまに挑発され肩透かしを幾度も食えば俺の中の何かが崩れても仕方ありませんよね? ええ、俺の責任ではなく光のせいだと断言しますよ。 ハハハハハ 言い逃げるように勢い良く立ち上がり、自習室のドアへと駆け出す光の腕を捕まえ────気が付いた時には俺の両腕の中。 逃げ場の無いように背中を壁に押し付けていました。 「た、滝島!!」 光の手首を壁に押し付けるように捻り上げて・・・・・少し身動ぎすれば唇が触れそうな距離で、向かい合っていました。 「滝島!!」 長い睫は烏の羽のように美しい漆黒で、瞳に混じる琥珀色と黒色の虹彩が人形のようで。 陶器のように滑らかな質感の素肌は瑞々しく張りがあり、そして微かに漂うシャンプーのハーブの香り。 その全てに酔いしれ、落ちてゆく。 光の魅力という罠に絡み取られ、手も足も動かすことができませんでした。 呼吸することさえも、ひどく苦しくて、難しい作業のように思えて・・・・・・・・心臓が酸素を求めて暴れ出すまで光を真正面から見つめていました。 言葉もなく、ただ見つめていました。 見つめ続けていました。 「・・・・・・・滝島?」 瞳や唇に吸い寄せられそうになる誘惑は極大で、振り払うのは痛みを伴うほどに辛い。 微かに残る理性の欠片を無理やり掃き集め、意思のボンドでくっつけることによって、際どいラインで踏み留まっていました。 「・・・・・俺に何か、言いたいことがあるんでしょう?」 ─────こんな形ではなく、何気なく問い質すつもりだったのは確かで。 光の手首を掴みながら聞くことなるとは予想外です。 揺さぶられた理性の反動が静かに、確実に心に浸透する。 大きな悔恨の想いと共に・・・・・ 大きく開かれた光の瞳孔に、怯えの色が浮かばないのが不思議なくらいですよ。 こんな・・・・・・ひどい仕打ちをしているのにね。 「言って下さい」 喉の奥から絞り出した言葉はひどく苦い。 こんな仕打ちをしている俺を責める言葉が出てくる─────そう予想してはいても、二人の体の距離を離すことは出来なくて。 この一瞬でも良いから俺の腕の中に繋ぎ止めておきたくて。 「滝島・・・・あのな・・・・・」 光が口を開いた時に覚悟が決まりました。 ひどい言葉で罵られたとしても受け止めよう。 そう覚悟したんですが─────光の様子がおかしく、手首を離してしまいました。 「光?」 「あのな、えっと・・・・・好きだぞ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」 あまりにも都合の良い台詞。 俺の頭がどうかしてしまったんでしょうか? 責める言葉どころか・・・・・・好き? 「滝島が好きだぞ」 固まっている俺に再度告げられる。 俺の夢や幸せが一気に押し寄せて、気が狂いそうなほどに心踊ります。 これは────現実なんでしょうか? 夢を見ているんでしょうか? 慌てて時計を確かめて・・・・・・・・そして気が付く。 今日の日付と、今日だけ大目に見られている風習を。 今日が4/1でなければ信じたいような一言ですが、今日はエイプリルフールですからね。 毎年光は度肝を抜くようなことを言いますが・・・・・・・今年はコレですか? ────人の気持ちを弄ぶようなことを言うなんて光らしくはありませんよね? 光の仕打ちはあまりにも辛く、そして・・・・・・・・・・甘い。 例え嘘だとしても、その言葉は俺に染み渡る。 濃密な甘さで、渇いた心を一気に潤わせてゆく。 「光!」 そう叫ぼうとして─────飛び起きた。 まさか夢? ハハハハ・・・・・・・・夢オチってやつですか。 そうですよね・・・・・・・・ 光があんなことを言う訳がありませんし、光が俺を好きな訳もありませんよね。 自虐的な夢でしたね・・・・・ 叶わぬ願いが夢となって具現化したのでしょうが、俺は夢の中でさえ告白出来ない意気地無しでしたよ。 ハハハハハ、情けない。 激しく落ち込みながら、ふと時計の日付を見ると4/1。 まだ夢から覚め切っていないのかと苦笑いが込み上げてきます。 ─────────────いいでしょう。 朝になったら光に告白しましょう。 どうせ今日は嘘をついても気にする人間なんていませんから。 俺の夢を騒がせた仕返しをさせていただきますよ? 「光、愛しています」 「バババババカ、滝島のヘンタイ!!エロジジィ」 「ハハハハハ」 嘘の日に、真実を告げる。 白黒つけたい気持ちと、一進一退を繰り返す勝負の行方。 決めの一手が見つかるまで────灰色に誤魔化しておきます。 だから嘘でいいんですよ、今はね。 いつか真実を告げる日まで嘘にカモフラージュしておきましょう。 真実の想いを告げる日まで、嘘で我慢しますよ。 END